今こそ、先人の志を胸に刻んで

学校法人酪農学園は、10年後に創立100周年を迎えます。
私たちは本年2024年度を準備開始の“初年度”として位置づけ、時代に即したアイデンティティの再構築に取り組み始めています。
2023年〜24年にかけて就任したばかりの理事長、学長、校長が、これから取り組む改革を前に、学園の立ち位置を見つめ直しました。

酪農学園の今について思うこと

― 酪農学園の今について思うこと

髙島理事長
酪農学園の歴史を学ぶために、これまで創立者・黒澤酉蔵先生をはじめ偉大なる先輩方の講演録や本を読んできました。黒澤先生の著書『酪農学園の歴史と使命~私はなぜ酪農学園をつくったか』は、先生の話し言葉そのもので書かれているんですね。ありありと姿が浮かぶようにメッセージが心に入ってくるので、「これはすごいぞ」と思ったわけです。学園に着任してから卒業生の方々のご活躍についてお聞きして、ますます「これはいけるぞ」と思いました。学園や卒業生の“生きる力の強さ”を感じたんです。 ただ、今の課題はあるわけです。先人たちが創り上げてきたものを、そのまま何もしないで引き継げるわけはありません。我々は、時代に応じてよりよく変えていかなきゃならない。2033年の創立100周年に向けて、これから短期間で改革に取り組もうとしています。改革は短期間!少し結果が出たらフィードバックして、繰り返すことが必要です。

岩野学長
酪農学園は、「北海道の発展には酪農業が大事である」と考えた黒澤先生が、酪農を学ぶために創立し、北海道と共に発展してきた歴史があります。しかし、当時と今とでは北海道の状況も変わりました。人口減少によって道内の町がなくなってしまう可能性がある時代が、今後訪れるかもしれない。その中で北海道がどう生き残っていくのか、その解決策を見出すことが求められていると感じます。

髙島
先日、実家が酪農業を営んでいるとわの森三愛高校卒の本学学生に、高校で何を勉強してきたのか訊ねる機会がありました。そうしたら「牛の基本です」と言うわけです。牛の基本!日本語で聞いたことがない言葉だと思いました。それが大学になると、高校で学んできた「牛の基本」が、科学の視点から見えるようになってきたと言う。牛を飼うノウハウを知るだけではなく、そのバックグラウンドにある科学をサポートすることこそ実学なのだと感じました。

石川校長
高校に設置されている5コースのうち、フードクリエイト、総合進学、機農の3コースは、酪農学園大学と共同研究する場が設けられています。高校という小さな世界に居ながらも、大学の先生や大学生の視点を吸収できる貴重な機会。研究そのものは研究室で行われていますが、そこには社会のあらゆる事象が凝縮されています。高校生たちにとっては大きな世界観を体験できる、非常に素晴らしい実践の学びです。 高校生が、自ら調査・研究をして、ただ発表するだけでは自己満足で終わりますが、大学の先生から指摘を受けて、ときには批判もされながら、新しい視点や価値観に気づき、さらに調査・研究を向上させていく。大学の先生や大学生と接する中で、文字通り「井の中の蛙」であることに気付き、自分のまわりに広がる世界の大きさを実感できる。高校生のうちに大きな視点を身につける教育展開が実践できることは、高大一貫教育の大きな強みだと感じます。

酪農学園の今について思うこと
髙島理事長

― これからの学園に必要なこと

岩野
先日、大学と連携協定を結んでいる遠軽町へ行く機会がありました。あらためて、現場が抱える課題の大きさを感じて。農業の担い手も人口も減っていく現状があるわけです。現地では、人口減少=ゆとりを持った暮らし、マイナスをプラスに変換する発想で考え直していこうとしている。外に出て地域と繋がると課題が見えてきますし、新しいアイデアも出てくるんです。北海道が抱えているのは、地域だけでは解決できない難しい問題です。そんな話をする時、理事長はよく、黒澤先生の言葉をおっしゃいますよね。

髙島
黒澤先生に変身しちゃうんです(笑)。私は学園の歴史を学んでいますが、ここで育った岩野学長や卒業生は、自然にインプットされておられる。『酪農讃歌』には、未来のヒントがあります。毎朝「黒土よ〜」から歌います。「窮乏の底に沈める国おこせ」ですよ。昔の話でしょって言われるかもしれませんが、今の日本は窮乏の状態ですから。

岩野
「今朝は『酪農讃歌』を3回歌って、涙が出ました」なんておっしゃる。申し訳ないけれど、僕もクスッと笑っちゃって。本学で育ててもらった僕ら卒業生は同窓会ともなると最後に肩を組んで歌いますから、歌詞は身にしみついています。でも、理事長は僕たち以上に言葉の本質を理解し、すばらしさを力説してくださる。多くの社会課題に直面し、大学の存在価値を見つめ直している今、あらためて黒澤先生の言葉が心に響きます。

石川
酪農学園の卒業生は、全国に散らばっています。さまざまな領域でご活躍され、大人になってからも三愛主義や健土健民の理念をご自身の生き方の芯として持っておられる。酪農家でなくとも、子弟・子女を2代、3代と入学させてくださる方が多くいらっしゃるんですね。 だからこそ理事長がおっしゃるとおり、時代が変わっても黒澤先生の理念や建学の精神を語り続ける必要があると気づかされる。卒業生の親御さんと子どもさん同士で「自分たちの時代は、そのように習っていないぞ」というズレが生じてしまうと、学園の根本が揺るがされてしまいますから。

これからの学園に必要なこと
岩野学長

― 学園が北海道に果たしてきた役割

髙島
これはもう明らかに、土づくりです。北海道の大地は、大半が火山灰なんですね。かつて火山が噴火して、川が流れ出した頃の大地は真っ白な灰でした。火山灰の土地にはジャガイモや長いも、ビール大麦の大産地があります。家畜の堆肥やエン麦をすき込みながら、良質な土を作り続けてきた。本当に健土健民なんです。もうひとつは獣医さん。北海道で活躍する獣医の約40%は酪農学園出身者です。特に産業動物の獣医の数は圧倒的です。

岩野
そうですね。卒業生は酪農業を支える産業動物獣医師や、公務員の重要な役職で活躍していらっしゃる。大小さまざまなコミュニティで道内外の地域を支え、リーダーになっていることも挙げられると思います。イルカの人工尾びれの開発に取り組んだ沖縄美ら島財団の植田啓一さんや、動物園に行動展示という価値を見出し、旭山動物園で15年間園長を務められた坂東元さんも卒業生です。たくさんの卒業生たちが、さまざまな分野で活躍されています。

髙島
「こうなりたい」という強い思いを持った、尖った学生が多いかもしれません。先輩方が、そういう道を作ってくれていますしね。例えば、JICAの青年海外協力隊ボランティアの参加者は、獣医学群だけでなく農食環境学群も合わせて累計300名を超えています。獣医・衛生、家畜飼育などの分野などにおいて、全世界で活躍していらっしゃる。

岩野
そういう意味では、多様性を許容する度量がある大学なのかもしれません。いろんな学生が集まって、刺激しあって。一般的な就職先だけではない道に進む尖った人がいて。

髙島
「日本農業賞」で大賞に選ばれた卒業生もおられました。

石川
高校の場合は農食環境系への進路が多いものの、大学とも違って進路は幅広く開かれています。社会の課題解決を目指すうえで、農食環境、獣医療分野に広く貢献できる人材育成はもちろんですが、まったく農業系とは関係ないと思われる進路を選んでも、農業や食、自然や地球環境、生命そのものに関わる学びに触れて育った、“学園の学び”の理解者が増えていくことには大きな意味があるはずです。 校長に就任し、どのような人間を育成する高校であるべきかを考えた時、やはり喜びであるとか、幸せを提供できる人間を育てることが本質なのかと思い至りました。時代により社会的課題が変わっても、何か目標を見失いつつある時でも、誰かが喜ぶために自分が今どのように行動するのか、人が幸せになるためにどうすべきなのか。喜びと幸せの追求は、いつの時代にも通ずるものだと思います。

髙島
そのとおりだと思います。人を愛し、神を愛し、土を愛する。三愛精神の行き着く先は何だろうと考えた時、やっぱり「誰かのためになる」ことなんです。その先にあるのが「国づくり」。1933年に学園の前身となる北海道酪農義塾が立ち上がったのは、戦争まっしぐらの時期。今はどうかといえば、日本の食料・飼料自給率、人口減少による消滅可能性自治体の問題など、やっぱり危機的状況です。「本当にこのままでいいの?」という今、我々はどんな教育を提供していくべきか。 黒澤先生の言葉の中に、すべて凝縮されていると思うんですね。先生はおっしゃっていました。「希望は清く高く地についたものでなければならぬ。世界、国家の希望は愛と義による平和、協同、友愛の福祉社会建設であり、青少年のそれは知徳、天分を磨き、社会の良器となり、人生の幸福を享受することではあるまいか」と。知徳っていうのは知識みたいに後天的なものだと思います。もうひとつ、天分っておっしゃっているのがすばらしいと思って。人それぞれが持っている多様なもの。それこそダイバーシティですよ。先生は当時からそういう視点を持っておられた。

岩野
また、酉蔵さんが降りて来られましたね(笑)。

学園が北海道に果たしてきた役割
石川校長

― これから取り組むべき課題

髙島
将来に渡ってサステナブルであるかどうか。農業分野での脱炭素の実現。生物多様性の回復。これらの共存が世界で求められています。もうひとつ、獣医学の分野では人間や動物をはじめ生態系の健全性を一体で捉える 「ワンヘルス・ワンワールド」という考え方があるんですね。私たちが生きているのは多くの生き物がいる世界ですから、動物や人に共通する感染症などもあるわけです。薬剤耐性菌も相当増えていて、その治療は大変です。岩野学長が研究しておられる新たな感染症治療法「ファージセラピー」は最先端の研究です。我々は一つの世界に生きている。食・農・環境・生命を総合的に追求する学びが揃い、トータルで“生きる”と向き合えるのは酪農学園の強みです。

岩野
ファージセラピーは早く実用化したいですね。

髙島
どんな研究も突き詰めて、よりよくしようと思うと最先端に行き着きます。そこを目指せる大学だと思いますので、最先端を追求するための施設を充実させていかねばなりません。そして、研究を突き詰めた先にあるのは“いのち”なのだと思います。「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」(マタイによる福音書 7章13〜14節)。いのちに通じているのは狭き門。まさに、酪農学園のためにある言葉じゃないですか。

岩野
歴史を重ねた学園の宝は、学内の農場です。土づくりから手がけ、140頭の牛を育てる農場を守り続けた歴史の重みは崩してはならない本学の軸です。しかし2030年以降、18歳人口が今以上に加速して減少する予測に伴い、現在700校ある大学のうち200校がなくなるとも言われる時代です。我々が大事だと思うことに取り組みつつも、高校生の目線で選ばれる大学でなくてはなりません。 そして日本の食料基地である北海道の、“新しい産業の価値観“づくりと真正面から向き合う。「新しい農業の形はこうだ」「それをサポートする新しい授業はこれだ」「それで地域の産業を革新していくんだ!」と提案できる大学に生まれ変われたなら、2030年以降の学園の未来は明るくなるはずです。ある意味、時代の困難に立ち向かい、北海道と酪農業の発展に力を注いだ学園創立時の黒澤先生と同じ状況なのかもしれません。

髙島
新しい産業の価値観づくりを北海道で実現できたら、日本や世界でも通用する。そういう発想です。農業がしっかりと土台を作らなければ、産業集積は起こりません。新世代半導体の最先端産業も重要ですが、一次産業がなければ人は食べていけませんから。

石川
先ほど理事長がおっしゃったように、学園の教育の根幹は“いのち”や“生きる”に行き着くのだと思います。日常的な世界で、生徒自身が“生きるということ”を本質的に考えることができる力を身につける、そのための教育実践の継続は、課題の1つと考えます。

髙島
生徒や学生には、いろんな経験をしてほしいです。技師さんが作った畑の畝に種を撒くだけじゃなくて、1メートルくらいの穴を掘ってもらいたいよね。それがどのくらい大変なことなのか体感できるから。土と畑がある学園だからこそ、そういう体験もおもしろそうです。

石川
ご年配の卒業生にお会いすると、当時は、自分の体一つで土を掘り出し、耕していたし、授業や講義、実習すべてに建学の理念が語られていたとおっしゃる。文字通りの実学があったよねって。「その学園の血が、今は少し薄れていやしないかい?」とご指摘をいただくこともあります。

岩野
たしかに。酪農家さんの家に20日間泊まり込む実習も、今は必修科目ではなくなりました。かつては泣いて帰って来る学生もいましたが、同窓生は、現場の大変さや人との関係構築など、学ぶことばかりの経験だったとふり返ります。本当は大事にしなければいけない実習なのかもしれません。

石川
今、そして未来の高校生たちが体感する時代変化の加速度は、我々が生きてきた時代とは比べものになりません。教育現場に携わる者は、スピード感と先見の明を持っていなければならない。100周年がゴールではありません。建学の精神を根本に置きつつ、さらにその先を見据えた教育の構築が鍵になります。将来お預かりする生徒に遜色のない教育が展開できるよう取り組んでいきたいですね。

髙島
研究環境をどう進化させ、未来に適合させていくか。脱炭素や留学生の増加に対応する施設整備に向けて動き出さなければなりません。 本学園の魂そのものである「旧精農寮」のような建物を活用して後世に残したり、知られていない魅力的な活動を地域に広めたり。特長のある学園ですから、必ず生き残れると確信しています。

これから取り組むべき課題